第十三回 ~ポール・オースター著「幽霊たち」~

第13回読書会は、古民家を離れ、東京タワーも近くに見えるカフェ・バー・ブルー・バオバブで開催されました。たまたまレンタルスペースを探して行きあったカフェなのですが、とても居心地の良くて、ご飯の美味しいカフェでした。

 

今回の課題本はポール・オースター著、柴田元幸訳、「幽霊たち」。

 

自己紹介がてら、幽霊たちにまつわるエピソード

・私はここまで2年間ニューヨークに住んでいた。現在もポール・オースター本人が住む街で、彼の作品を読めたのはとても良い経験だった。

・演劇をやっていた際、よく”出る”箱があった。ある時、目を伏せ気味にして練習していると、視界の端を青い足が歩いて行った。別の先輩も、楽屋へ入っていく青い足を目撃していた。また別の機会に同じ箱で、四谷怪談をやった時には、主演した女の子の身体半分に蕁麻疹が出た。代打の子にも同じことが起こった。

・僕は子供の頃、見えないものが見えていたらしい。ひとりでにペダルが回るママチャリを指して「女の人が自転車漕いでる」とか、誰も入っていっていないのに、隣の家に誰か入っていったって言ったり。親からは「外で変なこと言っちゃいけません。」って言われていた。

 

あらすじ(背表紙より)

私立探偵ブルーは奇妙な依頼を受けた。変装した男ホワイトから、ブラックを見張るように、と。真向かいの部屋から、ブルーは見張り続ける。だが、ブラックの日常に何の変化もない。彼は、ただ毎日何かを書き、読んでいるだけなのだ。ブルーは空想の世界に彷徨う。ブラックの正体やホワイトの目的を推理して。次第に、不安と焦燥と疑惑に駆られるブルー……。80年代アメリカ文学の代表的作品!

 

ストーリーについて

・ストーリーは最初の一文に集約される。

『まずはじめにブルーがいる。次にホワイトがいてそれからブラックがいて、そもそものはじまりの前にはブラウンがいる。』

ただそれだけの話なのに、面白い。それでいて、同じく何の変哲もないストーリーを書くレイモンド・カーヴァーの本に比べて、この本は何らかの印象を残す。ブルーの妄想として挿入される、他のカラーの名前を冠する人物のエピソードが面白いのもあって、一気に読めてしまう。

・ブラックの目的は、死ぬまでに本を書き上げること。それを見届けるための第三者の視線という役割が、ブルーに課せられた役割である。ブルーがブラックを監視した報告書を、ブラックことホワイトが読む。ブラックの日常は、ただ本を読み、本を書き、街を散歩するだけ。その様子をずっと見ているブルーは、ブラックの正体について色々と妄想を巡らす。が、それらは事実ではないので報告書には書かない。ブルーはブラックの正体に迫るべく、徐々に自分からブラックにはたらきかけていく。ブルーはブラックに飲み込まれていく。このループから抜け出すために、ブルーはブラックをぶちのめす。

・ブルーがブラックに飲み込まれている様子を表すシーンの例。ブルーが、音信不通だった彼女と街でばったり出くわした時、そのまま何の抵抗もなく破局を受け入れたのは、その前にブラックが女性と別れた様子を見ているからじゃないか。

・ブラックがブルーを必要としたような、何かをやるときに第三者の視点を必要とする、っていうのは共感できる。

・この本は、「『ブラックという男を見張れ』とだけ言われたのに、見張るだけではなく本人に接触しにいった結果、いざこざに巻き込まれたことから、言われたことを言われたとおりやらないと酷いことになるぜ」というメッセージが込められているのかしら?

・与えられた役割をこなすだけだったブルーが、いろいろな心境の変化の結果、世界、この場合はブラック自身に直接はたらきかけた結果、物語が進展したことから、逆の見方もあるのでは。いずれにせよ、ポール・オースターは心理描写がとても上手。

・ブラックの口を使って喋っている「書くこと」についての意見は、ポール・オースター自身が書くことについて言いたいことだったんじゃないか。ブラック=著者、ブルー=読者と置き換えて、作家とはどういうものかを垣間見ることもできるのでは。例えば文庫版89ページのここ。

『そこで何してたんです?』
『小説を書いていたのさ。』
『それだけ?書いていただけ?』
『書くというのは孤独な作業だ。それは生活をおおいつくしてしまう。ある意味で、作家には自分の人生がないとも言える。そこにいるときでも、本当はそこにいないんだ。』
『また幽霊たちですね。』
『その通り。』

・「幽霊たち」というタイトルの登場もこの辺り。出てきた瞬間、ぞわぞわっとした。

 

訳について

・原文はどういう英語なんだろう、と想像しながら読むことが多かった。わかりやすいのは、文庫版105ページの、ブルー、ホワイト、ブラックの色から連想される単語をリスト化するところ。

『たとえばブルーのものたち。ブルーバード、アオカケス、アオサギ。ヤグルマソウ、ニチニチソウ。ニューヨークの正午の空。ブルーベリー、ハックルベリー、太平洋。青い悪魔といえばふさぎのムシだし、青リボンは一等賞、青い血なら名門貴族。ブルースを歌う声。俺のオヤジの警官の制服も青だった。あおい法律は日欧日の安息例。ブルー・ムービー。俺の目の青、俺の名前。』

英語圏で青・白・黒から連想するイメージと、日本語のそれをうまく合致させながら書かなきゃいけないから難しそう。

・似たようなのは文庫版23ページのここ。

『…いままで考えもしなかったことを自分がわれ知らず考え込んでいることに彼は気づく。このことも彼にとって不安の種なのだ。考えこむ、というのはまあこの時点ではまだ強すぎるかもしれない。もう少し柔らかい言葉―たとえば、想いにふける―を使った方がより事実に近いであろう。想いにふける、スペキュレート。見張る、傍観するという意味のラテン語スペクラートゥスから来ていて、…』

・この本に直接関係はないけれど、英語に罵倒の台詞って多くあるけど、日本語では少ないなって気づいた。例えば”motherfucker”という台詞。これは自由恋愛ができない時代の黒人を揶揄して言われた、めちゃくちゃ歴史的経緯も差別的ニュアンスも強い罵倒の台詞。それでも最近の映画でも使われる。日本語の罵倒の台詞が少ないのか、英語のそれが多いのか。

・この本の訳は、訳者の情緒が入らないというか、無色透明な訳なので好き。一文一文も短いのでテンポよく読みやすい。

 

各自の好きな台詞、シーン

・文庫版31ページで、私の好きな「神々の遊び」をブルーがやっていて嬉しかった。

『ブルーは部屋の中を見渡し、さまざまな事物に一つずつ注意を集中する。ランプを見て、彼は自分にいう。ランプ、と。ベッドを見て言う。ベッド、と。ノートを見て言う。ノート。ランプをベッドと呼んではならない。そう、これらの言葉は、それが指し示す事物のまわりにすっぽりと収まるものなのだ。そうした言葉を口にする瞬間、ブルーは深い満足を覚える。まるでたったいま自分が、世界の存在を証明したような気がする。』

・文庫版91ページ。『ブラックはブラック・アンド・ホワイトをオン・ザ・ロックで注文する。』というところ。この本はブラックの視点で読み返すと、もう一度面白い。

 

次回予告

次回は8月21日日曜日、課題図書は安部公房著『箱男』です。

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