第九回 ~村上春樹著「風の歌を聴け」~

~『風の歌を聴け』に出てくる音楽リストを聴きながらお楽しみください~

みかこ 読書会までに本を読んで来られなかったのでこれから読みます。

「完璧な小説などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

タカハシ くぅー、カッコいい!ひねくれててカッコいいんですよこの小説。何が言いたいかはわからないんですけどね。僕は元々、海辺のカフカ、神の子どもたちは皆踊る、アフターダーク、と読んできて、アフターダークでもう村上春樹は無理ってなりました。その後、レイモンド・カーヴァー読んでから、今回風の歌を聴けを読んだら、すっと入っていけた。日本のレイモンド・カーヴァーの本って、全部村上春樹が持ち込んでるし、僕の中に素養ができたんでしょうね。
こみや そこでいう素養って、人生経験ではなく文学的な素養ってこと?
タカハシ ええ。ノンフィクションだろうがフィクションだろうが、書かれたものってどこかフィクションじゃないですか。文学を読んで入っていけるかって、人生経験よりも、これまでに何を読んできたかっていう経験だと思います。レイモンド・カーヴァーを読んだのは、「ほころび行くアメリカ」という本を読んだから。これは、1950年代以降のアメリカを、各時代のキーパーソンの視点から、ノンフィクションな内容を小説的に描いた、超分厚い本です。そして村上春樹の後にサマセット・モーム読んだらしっくりきた。

あなご 私は国文学科だったから、最初は春樹を読めなかった。日本文学ばかり読んだあとに、大学の授業で村上春樹を読んだ時、独特な比喩、外国にかぶれた感じに入っていけなかった。レイモンド・カーヴァーは今までになかった感覚でとても面白かった。カーヴァーの小説は、フィールドレコーディングのように日常をただ切り取っただけで、言いたいことは何もない。何もないんだけど、文学ってこんなに面白いんだ、って思った。村上春樹は海外文学を読んで、文体に慣れてから読むと面白い。「昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか。」この一言が、私にとって文学がある意味なんです。
こみや 俺はそこでいう「日本文学」っていうのがどういうのを指すのかがよくわからないんだけど、どういうの?
あなご 国文学科って、最初は二葉亭四迷から始まって、島崎藤村とか、漱石とか、文学史に出てくる作品は全部読む学科。その後に村上春樹読んだら、衝撃受けない?
こみや 例えば、人間失格や、こころの登場人物が海外にかぶれて、演出として出てくるツールがオシャレだったら、それは日本文学なの?
あなご 文学って、文体が違ったら全然違うのかもしれないな。あとこの話、こみやくんには一度もしたこと無いんだけど、こみやくんは春樹にかぶれちゃったんだろうなっていう雰囲気出てるよ。風の歌を聴けはこみやくんをイメージしながら読むとしっくりくる。…タカハシくんからはかぶれてない雰囲気が出てる。

こみや この本を読むと、酒が飲みたくなるので、昨夜は飲んでた。
タカハシ 何を飲むんですか?…やっぱり、ギムレットとかですか。
こみや …かぶれすぎて「僕は、この街が、好きだ。」で終わるmixi日記を書いたことがある。当然コメントは付かなかったけどね。村上春樹は男ばっかりの理系大学生のバイブルだった。ナイーブな男の子の所に、男目線で視て魅力的な女の子が近寄ってくるし、春樹はおっぱい好きだし。春樹の本って、理系大学生にとっては、女の子にとっての少女漫画みたいな存在感だったんじゃないかな。あと、「あなたのレーゾンデートル」は流行った。
あなご 流行った!「お前のレーゾンデートルはなんだ。」って言い合ってた。

KC 俺は元々、学生の時には小説はほとんど読まなくて、実用書の類を読んでいたことが多かった。村上春樹作品で、決まって難しい哲学用語を持ち出すのは女子大生だったりするよね。日本のアニメの、やれやれ系主人公が皆村上春樹の影響だって知ってる?
タカハシ お、大きく出ましたね。
KC …いや、東浩紀が言ってたんだけどね。
タカハシ あ、それ今度使おう。3回に1回、津田大介とかにしよう。
KC 元々少年漫画にはスポ根系の勢いが良い主人公が多かったんだけど、やれやれ系主人公が増えてきたのは村上春樹の影響だって。あと春樹の作品には、ところどころ特徴的な動物の名前を持った登場人物が出てくる。村上春樹は、前期が理論ぽくて、後期が雑談ぽい。前期作品には薀蓄というか、学問的な話、理論が比較的全面に出てくる。後期作品はもっと理論が薄まって、エンタメ性が強くなる。

みんなの好きな台詞コレクション
「ねえ、今度一緒に食事をしないかい。」「1人で食事をするのが好きなの。」「僕もそうさ。」

「地獄みたいに暑いわ。」「地獄はもっと暑いさ。」

「結婚してるの?」「いいえ、先月離婚したばかりよ。離婚した女の人とこれまでに話したことはある?」「いいや。でも、神経痛の牛は見たことがある。」

ストーリーについて

こみや&あなご この本の主人公と同じ、20代終盤の今、大学生当時を少し距離を置いて振り返りながら読める。そういう、年齢を超えた読み方に耐えうる小説。深い考えが深層にありつつも、それを上手くぼかしながら書いていて、それでも表現が軽くて嫌らしくなくて何回でも読める。風の歌を聴け、は、8年前の大学時代を振り返りながら書いている本。8年前も、少し前に付き合っていた「3人目に寝た女の子」のことを引きずっている。主人公の前に、「小指のない女の子」が現れて、彼女の存在が主人公の中で大きくなると共に、3人目の女の子の回想シーンも多くなる。主人公は「小指のない女の子」との経験を通じて、昔の女の思い出を自分の中で消化しようとしている。

あなご 私は、「小指のない女の子」が妊娠した相手は鼠だと思っている。根拠は冒頭で、鼠が自分の10本の指を確かめるシーン。自分か身の回りに欠損がないと、いちいちこんなこと数えない。あと、主人公が「小指のない女の子」を家に送る際、葉書を読んだ/読んでない、ってシーンがあるんだけど、葉書ってぱっと視て読めちゃう。そこに何かしら、鼠のことか、妊娠のことが書かれていたんじゃないかな。そして、「小指のない女の子」が堕胎手術するのが近くなるにつれ、主人公が鼠に対しての当たり方がだんだん強くなっていく。最後、鼠は実家が金持ちなのに金持ちを憎んでいる。「小指のない女の子」との関係を実家に妨げられて、それが鼠の金持ちを憎む気持ちに繋がっているんじゃないか。

タカハシ 結局ハートフィールドはなんだったんでしょうね。あの人の本は日本じゃ読めないし。
あなご なんなんだろう。ハートフィールドに影響を受けて文学を始めるっていうので異質だね。
ふんず 墓の場所は熱心な(そして唯一の)ハートフィールド研究家のマックデュアー氏が教えてくれた。「ハイヒールの踵くらいの小さな墓です。」 …ハイヒールの踵くらいってどんくらいですか?
こみや 海外のシチュエーションコメディを吹き替えると、こういう例えをしたくなる気持ち、ないかな?…ないかな。

まとめ

タカハシ 彼の作品は海外にも受けるし、ノーベル文学賞が騒がれるのも今回腑に落ちました。今回改めて、村上春樹がいたから海外文学が日本で読まれる素養ができたんだ、その切り口を開いたのはすごいと思いました。
みかこ 読み終わった!

この後話した話

  • 某大学の村上春樹を読む授業について
  • 村上春樹ごっこ(「そう、まるで○○のようだ」を続ける。)
  • 英語をイタリア人から習った話
  • 国文学科と海外文学の話
  • 何をしてどう働くか、の話
  • KCがどのように職業を選択してきたか、の話
  • KCがいかにリバタリアンか、の話
  • 治験バイトの話
  • ルンバの話

次回読書会は、内田樹「寝ながら学べる構造主義」になりました。

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